夢の島公園と第五福竜丸展示館
投稿者: 無謀庵 / 2016年7月30日 - 13:40 / カテゴリー: ゲーム, ゲーム, ポケモンGO, 徘徊記
地下鉄赤塚駅から、そのまま新木場行きで一気に臨海エリアまで。
70年代生まれの大阪生まれの私には、夢の島というと、子供の頃にゴミの埋め立て地として漫画やテレビで見かけたスポットだった。
かと思ってたら、埋め立ては1967年に終了していたらしく、さらに1978年にはもう夢の島公園が開いたそうだ。私が子供の頃には、新木場からさらに海側にいった新夢の島(現・若洲)も埋め立てが終わり、三代目・四代目夢の島が使われていたようだ。
ともあれ、夢の島=ゴミの島、という印象は変わらない。
よって、一体どういうところだろうなー、という思いはあったのだ。
駅から下りてみると、まあ、埋立地だな、っていう雰囲気。当たり前のことながら、どこの埋立地も、自然の地形がもつ乱雑さみたいなものがまったくない整然さがある。
第五福竜丸展示館
で、地図で見ていて気になっていた、夢の島公園内のスポット・第五福竜丸展示館へ行ってみた。
レプリカとかではなく現物。
反戦反核とかについても重要な場所・保存品ではあるのだけど、解説ボランティアの方にお話をしてもらって、他の点についても相当に面白いことが多数聞けた。
第五福竜丸は、1947年に造られた木造船。
終戦二年後という時代、GHQの指示で、大型船禁止、金属製の船も禁止とあれこれ規制されていた。その上、復興需要で住宅建材が払底状態。
その結果、その状況下でも調達できたマツを使って造られた。マツって、まあ脂を含んで水に強いような面もあるから、一応船舶に不適な材じゃないんだろうけど、なにしろあんまりまっすぐ伸びる木じゃないので住宅用としては使いづらい。それを言ったら船舶用にだって使いづらかろうけど、仕方なかった。
そう言われて見てみると、やけに短い板を継ぎ接ぎしたようなところもある。
当時の日本人にタンパク源として魚類を届けるために、マツまでかき集めて作って海に出たのがこの船だった。
船体下部も興味深くて、これはいわゆる竜骨で、船の強度を司る最重要パーツ。
ここは一番いい木材でがっちり造るのが本来なのだけど、第五福竜丸の場合、竜骨すら一本の木材じゃなく、継ぎ目がある。
また、目があるということは、木の真ん中じゃなくて端の方の、質の落ちる材木を使わざるを得なかったことになる。目があると強度に不利だから。
こんな貧しい構造の船で、はるばるマグロを追って南洋に出た結果、あの悲惨な事件に見舞われてしまう。
今ここにある、ということですでに数奇な運命を辿った第五福竜丸だけど、どうも、この航海自体がかなりトラブル続発の数奇な旅だったらしい。
遠洋漁業は、狭い船で一ヶ月以上過ごすことになるので、当時は親族とか、そうでなくても同郷で長い付き合いの気心の知れた相手だけで固めて行くのが普通だったらしいのだけど、この時の第五福竜丸は、乗組員23人中、出航前から3人も欠員が出て、急遽補充した人員を加えていた。
1954年1月22日、大漁旗をなびかせ意気揚々と焼津を出航。ところがどっこい、エンジンの部品を積み忘れ、こっそり隣の小川港に戻って部品を積み直し、翌23日出航。
それで、二週間ほど東へ向かってミッドウェーのあたりで操業開始。これが本来の予定操業地だった。
ところがここでミスがあって、はえなわの半分以上を流されてしまった。三日掛けて探しまわるも、あまり回収できなかったようだ。はえなわは船主さんの持ち物でもあり、流されちゃいました、といって空荷で帰ったりしたらもう大変な損失に。
で、場所を変えて漁を続行する。当時は冷蔵装置なんかないから船倉に氷を積んで出ていたのだけど、これが溶けてしまうまでに帰らないとマグロが商品にできない。それもあって、帰るのにかかる時間を大幅に伸ばさないように考えながら漁場を探した結果が、南西に向かってマーシャル諸島・ビキニ環礁の方へ行ってしまったということなのかな、と想像した。
そして、当時米軍が設定していた危険区域の、まあかなり近くはあるけど外で、1954年3月1日、米軍のキャッスル作戦に巻き込まれて被爆。
そもそもロスアラモス研究所が水爆の威力の見積もりを間違っていて、危険区域の設定も実際より狭くなってしまっていた。実験してみたら想定の3倍位威力があった。だから、「危険区域ギリギリまで行くのが悪い」みたいな馬鹿な話は成立しない。
第五福竜丸の方も、はえなわの回収に時間を取られ、数時間も死の灰を浴びてしまった。
それから全速力で焼津に戻った第五福竜丸、30m離れたところからでも放射線が検出できるくらいには放射性物質がついてしまっていたようで、一旦焼津の港から外れた人のいないところに係留され、その後、文部省が買い上げて品川へ移動。
除染と検査の後、東京水産大学の練習船になった。今なら考えられないが。
練習船を15年弱くらい努めて、老朽化により廃船になったのだけど、それが夢の島の隣の埋め立て島に打ち捨てられた。スクラップ業者の不法投棄らしい。
それが発見されて保存運動が起こり、1976年から夢の島公園に。
さらに、エンジンも屋外に展示されている。
こちらもまた、練習船を廃船になってからエンジンだけ売り払われて貨物船に使われていたが、これが熊野灘で座礁して沈没、サルベージされて戻ってきた、というさらにもう一枚数奇な運命を積み重ねてここにある。
被爆で乗組員に死者を出した、というだけでも相当に数奇な船なのだけど、いろんな偶然が幾重にも積み重なって、奇跡的にここにある。
ただ、どうも被爆漁船というと第五福竜丸の話しか出ないのだけど、当時近くで操業していた船は他にも多数あった。
アメリカの方はやらかしたのを認めたくないってのもあり、日本政府は原子力技術がほしいし経済的にも依存してるしで、ことを荒立てたくないってことで、アメリカが「賠償」ではなくお見舞金として200万ドル、当時360円だから7億2000万円払って済ませた。
第五福竜丸の乗組員の方は、ひとり200万円の当時としては相当な大金を受け取ったらしいけど、第五福竜丸以外の船には支払われずに妬まれたり、また放射能が移るとか誤解で排斥されたり、また自分もいつどんな症状が出るかと不安を抱えて生きねばならず。
この後、マグロの放射線検査を行ったら多数の汚染マグロが見つかり、それが焼津や築地から出荷されずに廃棄されることになった。築地で汚染マグロを埋めたところには供養のマグロ塚が建てられていたが、これも今は夢の島公園にある。
そんなマグロを取ってきた漁船の乗組員は、また、マグロに限らず他の魚も汚染されていて当然だろうし、それを食ってしまった消費者はどうなのか。
このお見舞金は、事件の翌年に支払われたのだけど、ここで聞いた話によれば、どうもこの金を受け取ったらもう問題は追求しない、よって患者がいるのも変だから入院してる人はもう大丈夫ということにして退院させろ、なんてこともあったとかで。
少なくとも、マグロの放射線検査は見舞金受け取りとともに終了してしまっている。
まあ、色々なことが有耶無耶にされ、今はもう歴史の中に埋もれていってしまった。
私も環境計量士、公害問題についてある程度知識はあるけれども、60年代の四大公害病の時でさえ、うやむやにする、原因は別だと御用学者が言い張る、金だけ払って終わらせようとする、政府まで加担する、政府の対応が遅れる、もうひどい話がいっぱいあるもんで、いわんや50年代の福竜丸の時なんて。
3.11以来の反原発運動も、まあ、ネットのノリだと反原発はサヨクの変人、みたいな感じにされがちなんだけども、歴史を紐解くと、本当に政府や企業の方がひどかった話って結構あるもんでね。
だから私は、本当に今の政府や電力会社などの企業が昔と違うなら、もっと積極的に情報公開して、原発再稼動するというなら、今こういう対策を行ってこんなことが起きても耐えられるから、というような話を、どんどん全国に向けて発信すべきと思う。
例えばパナソニックやパロマは、何十年も前の製品が発火事故起こしたからって、テレビCMバンバン打って回収を呼びかけてるし、マルハニチロのホームページを見たら、数年前にあった毒物混入事件の追跡調査をずっとやってる。こういうことをしてほしい。
展示品やパネルの解説だけでも興味深い内容だと思うけれど、ここはボランティアの方のお話聞けたおかげで、おそらく数倍楽しめたなあ。手が空いてそうならお話聞くといい。
私はどうも、話を聞きたがりそうな顔だと思われるのか、こういう施設に入るとあちらから解説にきてくれて、それでリアクションがいいのか、かなり詳細に話してもらえることがよくあって、わりと得してると思う。
ポケモンついでに行くならオススメ。近くにポケストップもあるよ。
マグロ塚か、福竜丸のエンジンかどっちかがジムになっていて、ここに殴りかかってみたら初めて勝てちゃったので、うちで一番強いカビゴンを置いてきた。翌朝には撃退されていたけれど。
夢の島熱帯植物館
植物園じゃなくて植物館な。
入場料は大人250円。
真夏は普通の植物園は一面のグリーンだったりしがちだけど、熱帯植物園は咲いてるのが多いし、どうせ外も蒸し暑いから中の熱帯状態も気になりにくい。日本もすでに熱帯なんじゃないか、という地球環境的疑問が出てくるけど。
オジギソウだ。息を吹きかけると閉じるぞ。
植物園ということで、PENTAX Q-S1につけていたSTANDARD ZOOMを、TELEPHOTO ZOOMに変更。
このカラーリングと形の華やかさが熱帯だなあ。何の花かメモし忘れた。
これは近くに植えられていた説明板を間違ってメモしていて、何の花かわからない。うう。
ヘリコニア・ロストラータ。英語でいうとロブスタークローらしい。
ファレノプシス。そんな競走馬がいたな。
デンドロビウム・ファレノプシス。
デンドロビウムというのはラン科セッコク属の総称らしいんだけど、なんでそこからあの巨大なやつの名前になったんだろうな。少なくともデンドロビウム・ファレノプシスはそんなに大きな花ではなかった。
オンシジューム。遠目に可憐だけど近くで見ると意外と虫っぽい。
赤いでかい毛虫みたいな花をつけるベニヒモノキ。英語でレッドホットキャットテール、中国語で狗尾紅。ひんたぽ語でほ゜ぬふやはく。
マリーナの方を眺めることもできる。
あ、カカオ生ってら。
花の慶次で「運があれば戦でも生き延びる。運がなければ瓦が落ちてきても死ぬ」というような台詞があったけど、ドリアンが落ちてきて死ぬ人たまにいるらしい。カカオも食らったら死ぬかも。
食虫植物コーナーもある。ウツボカズラめっちゃあるの。
化石生物の特別展やってて、ロイヤルナイフフィッシュとか。東南アジアではこれ食ってるって。
ベステルチョウザメとか。他にアロワナやらアルビノクランシェルツノガエルやらカブトガニやら。マダガスカルオオゴキブリの写真は情けで載せないでおいてやる。
大人250円は安いし、解説も結構こまめにつけてある感じ。動物にまで手を広げてみるやる気も嬉しい。なかなかいいところだ。
ポケモンGOやりながら歩いて花壇に踏み込んだりするなよ、と注意書きはあったが、そんなん当たり前だから気をつけて。
園内にジムがひとつできていて、覗いてみたら植物ポケモンで占拠されていた。なかなか気の利いたプレイヤーだ。
夢の島公園、特にレアポケモンの巣だったりはしないっぽい。私は特に変わったものは捕まらず。まあ海沿いなのでコイキングはよく出るから、アメ稼ぎはできるかもだけど。
しかし、第五福竜丸展示館も熱帯植物館もいい内容。どちらも楽しかった。
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